「鬱陶しい。」このひとことに1行を使った書き出しによって、「家鳴り」というタイトルを冠したこの小説は、いきなり重い質量を持つ。次行の「重い蓋を被ったまま」の「空」に、場の空気は静止し、「膜におおわれたような空気を振動させて」時を打つ「柱時計」が、重量感のある静止画をわずかに震わせ、「家」という限られた空間の中だけで進行する物語なのだと読者は知らしめられる。

ここまで寂々とさせ、ギリギリまで幅をせばめた光景から、いったいどんな展開になるというのか、どこをどう動かしてみせるのだろうか、動かないまま終わるのかそれとも、より深く重く、もしやとんでもなく恐ろしい結末にまで連れて行かれるのだろうかと、あまりにも先の予想のできない始まりに、つい先までページを繰って、せめてこの空気のどこがどう変化していくのかを知りたいという衝動にかられ、困惑した。そんな一ページから、この小説は始まった。

姑の小言に耐え夫に仕えながら、古い「家」の隅々までを磨き上げ、夜明けから起きだし家人が寝静まるまで座る間もないほどに働いてきた「母」は、姑が亡くなり夫に突然先立たれたのち、生きる術を忘れ床の人となった。そんな「母」と二人きり、古い「家」の中で暮す麻子は、「家」の息遣いや気配を常に感じ、その声を聞いている。

読み進むとほどなく、単なる「場」に見えた「家」が、息を吐き蠢く「イキモノ」へとスピードを上げて変化していくのを体感する。言葉もないままに「家」と同化していくように見える「母」や、「家」と「母」とに取り込まれることを拒否することなく受け入れる「わたし(麻子)」に比べ、なんと「家」の生気と存在感の大きいことだろう。

古い家には、確かに気配があり、いつもどこかに影があり、何者かの息遣いと視線が存在する。そんなことを実家でいつも体感していたわたしは、その意味を、いつしかどこかに求めていたような気がする。「家の呪縛」にがんじがらめにされるのはいったい何故なのか、そんなことを、いつも考えずにはいられなかった。

「そうか、こういうことなのだ。」読後、わたしは唸った。自身が持ちつづけてきた「家」に対するどうと説明のできない疑念や畏怖を、見事昇華してみせてくれた気がした。「家の呪縛」からは逃れられない。その代りに、「家」は、おのが気配を知ってくれる者を守るのか。

最後、硝子戸の震えに母の声を聞く麻子は、「そうだった。邪魔なものは、母がすべて"廃除"してくれる。」という思いを抱く。「排除」ではなく、「廃除」。「家」の意志、そして「家」と同化した「母」の意志から生まれる力には、ただ取り除くのではなく、滅ぼしてしまうほどのものが秘められているのだ。 


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