ずしりとした本の重さを片手で支えながら、淡いグレーの表紙に今住んでいる町の空を思いました。生まれたときからずっと私の頭の上の方にあった、この町の灰色の空です。今にも雨が降り出しそうな厚い雲。どんよりとした町の色。
雲が分厚いのは、神々の衣を隠すためなのかもしれないと思いついたのは随分と大人になってからでした。
灰色の空は低く漂っていて、手に触れられそうなほど近い。もう少しで届きそうだ。誰よりも近くで私を見ていてくれる。そう位置付けることで、のしかかるような雲の重さを受け取ろうとしたのです。

本のしょっぱな、ミメイさんとクミコさんの対談があります。
同じ年代であり、同じ表現者としてざっくばらんなお話をされています。
真剣さとかちらちらと漂わせながら、対談はしめやかに行われていて、これまでお二人が抱えてきた矛盾とかギャップとか違和感が隠れているのがほんの少し透けて見えてくるようで、それは自分のことでもあるようでした。灰色の空の下で抱いていた矛盾、ギャップ、違和感は今も変わらずあるのでした。でも若い頃と違う事は、そのことを受け入れようとしていることです。欠けた円をまあるくしたい、まさにそんな感じです。私は天の邪鬼なので、欠けてる円はそれでもきれいと言ってみたくなります。まあるくしようと思っていてもどうしても欠けているきれいさ。ミメイさんとクミコさんは言うかな。そういうことを言っているのよって。

それから掌握作品
作品それぞれに読んだ方のコメントが載っているというのは、とても身近な感じがします。書き手と読み手、どちらにも均等な本なのだなと思いました。
やっぱり「金魚」が好き。ミメイさんとの出会いの作品です。

それからそれから、ミメイさんがインタビュアーになるページ、オススメ夢ウツグッズ、絵から始まる物語が二編、日記、詩。詩のようなものってあるけど、とっても詩ですと思います。命とか生きる事に軽快につながっていて、その実とてもグロテクスクなものを含んでいるような気がする。人が物を食らうということに迫っている。最後に小説現代新人賞最終選考に選ばれた「天糸瓜」と、様々な角度からのミメイさんが本に詰まっています。

本を読み終わって浮かんできたのは「二重螺旋構造」という言葉でした。人と人とのつながり、言葉と言葉の連なり。三重でも四重でもない、もとは二本のひも状のもので、それが螺旋になって伸びていく。ミメイさんと小説とが螺旋状に、ミメイさんと本に出てくる様々な人たちが螺旋構造になっていると思ったのでした。「二重螺旋構造」というのは、遺伝子を伝達する構造が二重の螺旋になっているというもの。最近ではヒトゲノムが解読されて、人の遺伝の様々な事がわかるようになってきました。わかることで、病気の解明や人間の限界をも広げていくことができるようです。反面、私たちには知らないことがなくなってしまって、好奇心や未知への探索に歓びがなくなってしまうのではないかとも思ったりします。が、それは取るに足らない危惧かもしれません。何かがどんなに解明されても、わからないことは残っていく。もっというと、わからないことは永遠にあると思います。

ミメイさんの小説は筋も登場人物もわかりやすく書いてあります。それですごくわかったと思っているのですが、実際はわからないこと、つまり、書かれてないことのほうが多いのではないかと察します。書かれた事にインパクトがあって強烈に頭に焼き付いて離れないというようなものは、書かれたのだという感じが残りますが、ミメイさんのはそうではなくて、いつのまにかじんわりと吸収されているといった感じです。だからミメイさんの文章は、書かれなかったことのほうが重いのではないかと思うのです。たくさんの角度からミメイさんを扱っている本を前に、知らなかった部分がわかり安心すると同時に、書かれなかった部分に惹かれている。

ひとりの人間を考えてみても、二重螺旋に伝達される情報があり、ゲノムに書き残されなかったこともある。なぜ書き残されなかったか。ということのほうに天の邪鬼な私は興味があります。

組み込まれなかった情報は、どこへいってしまったんだろう。それがゲノムに書かれなかったことであったり、人が永遠に人を理解できない事柄だったりするのかもしれない。謎。ゲノムからこぼれ落ちるものが在る限り、人はゲノムに魅せられる。ミメイさんの小説に書かれなかったものが在る限り、私たちは田川未明という小説家に引き寄せられていく。

冬に近くなると、空はますます灰色に重厚に押し寄せてきます。
空とミ・メディアの表紙を見比べながら、本の中を通っていく神のようなものを思います。文字だけでは語りきれないものが、本に忍んでいる。
言い換えれば、ミメイさんが書いたものの中には、ミメイさんではないものが潜んでいる。それはもしかしたら、二重螺旋構造からこぼれ落ちたものかもしれない。
ひとつの単語のために費やした労力を思うと割り切れない仮説だななんて思うけど、それはたぶん間違いで、積み重ねた厚みだからこそすっぽりと隠れることができるものだってあるはず。

まるで、雲をつかむような話だけれど。


曇り空の事をskyless sky というそうです。skywriterさんのブログで知りました。空が無い空。この文章を書いたあとで、ぴったりと思ってタイトルに使わせていただきました。

(2005/02/16)


りりこさんのブログ「nasi-no-hibi」 http://7474.jugem.jp/