折り紙の「箱」を教えてくれたのは、祖母だった。
 開け放した窓の網戸から、如雨露で水をまくように蝉の声が降りそそぎ、座卓をはさんで向かいあわせに座った祖母は、まだ年若く美しかった。ゆっくりと首をふる扇風機の風に、ふたりで折ったいくつもの箱が、ときおり座卓をすべっては、かさりと音をたてて畳に落ちた。いつまでも暮れないのではないかと思うような、夏の日の午後だった。


 九歳の誕生日を目の前にして、夏休みを祖母の家で過ごすことになった。送ってきてくれた母は、その日のうちに東京に戻っていった。それほど長く母と離れるのは初めてのことだったが、不安はなかった。四歳になるまで一緒に暮らしていた祖母のことが、わたしは大好きだったのだ。

 その頃、祖母の家は、小田原にあった。
 駅からバスに乗り、うねうねとした坂道を十五分ほどのぼっていく。道の両側には雑木林の木々が迫り、そのあいまに、ぽつんぽつんと家が建っている。たいていの家は、生け垣やブロック塀に囲まれた古い二階家だったが、祖母の家だけは今さっき建ったばかりのように新しく、囲いも庭木もなかった。まばらな雑草の生えた空き地の上に、ぽんと置いたような小さくて四角い平屋だった。祖父は、わたしが一歳の誕生日を迎える前に亡くなっていたので、その箱のような家に祖母はひとりで暮らしていた。

 六畳がふた間に、板敷きの台所、水色のタイルが敷きつめられた風呂場と、トイレ。引き戸のついた小さな納戸。台所に面した部屋には、座卓や茶箪笥が置かれ、テレビの横で、草色の扇風機がまわっていた。もうひとつの六畳間にあるのは、赤い絹布がかけられた三面鏡と小さな文机、そして箪笥だけだった。よけいなものは何もなかったが、殺風景ではなかった。畳はひんやりと青く、窓をあけると風が静かに通りぬけていく、心地好い家だった。

 初めのうちは、祖母も、わたしが退屈しないようにと気使ってくれたのだろう。バスに乗って海へ行ったり、城下公園にいる象を見に行ったりと、毎日どこかへ連れていってくれた。だが、ひとりっ子で人見知りの激しかったわたしは、人混みに出るよりも、家にいるほうが好きだった。特別な何処かへ出かけなくても、傍らに祖母がいるということだけで十分だったのだ。

 朝ごはんを食べおえると、麦わら帽子をかぶり、家の裏手からはじまっている雑木林にでかけ、草花をつんだり、カブト虫やしじみ蝶をつかまえたり。昼ごはんのあとは、強い陽射しを避けて、家のなかで本を読んだり、人形遊びをしたり。陽が落ちれば、テレビを見ながら夕飯を食べ、ふたりで風呂に入り、たっぷりと汗を流したからだを冷えた西瓜でさました。ふたつ並べて敷いた布団の上をごろごろと転がっているうちに、ことんと眠りにつく。いつしか、祖母とわたしの毎日は、そんな風に静かに過ぎていくようになっていた。

 それでも、夜の闇の深さには、なかなか慣れることができなかった。太陽が沈み、スィッチを切るように陽射しが消えると、ちいさな家はすっぽりと闇に包まれた。窓の外をのぞいても、何も見えなかった。すべてのものが闇にとけて消えてしまって、この家にいるわたし達だけが、取り残されてしまったかのようだった。そう思うと、無性に淋しかった。母と離れた心細さとも違う、言いようのない淋しさだった。わたしは、三面鏡にむかう祖母の背中におぶさるようにして、そっと訊いた。「ここにひとりでいると、淋しくない?」。祖母は前を向いたまま、首を横に振った。「もう慣れちゃったから大丈夫。おばあちゃんは、おとなだもの」。頬に白いクリームをのせた祖母は、そう言って、鏡のなかで静かに笑った。

 いつものように昼食をとったあと、祖母があとかたづけを終えるのを待って、わたしは折り紙を座卓のうえに並べた。前日、駅前のスーパーマーケットに行ったとき、ねだって買ってもらったものだった。十二色の折り紙と、千代紙模様の折り紙を、一組ずつ。

 座卓を挟んで向かい合って座ると、祖母は、「なにを折ろうか」とわたしに訊いた。そういえば、一緒に暮らしていたころも祖母はよく折り紙を折ってくれた。わたしはまだ幼くて、教えてもらっても思うように作れず、ただ祖母の指先をみつめては、なにができるのかと待っていることのほうが多かった。

「今はもう、なんでも作れるんだよ。鶴だって、船だって、かぶとだって、ぜんぶひとりで作れるの」
 得意気に言うわたしの顔を見て、微笑みながら肯いた祖母は、
「そうなの。すごいわね。それじゃあ、なににしようかな」
 と首をかしげたあと、ぱっと大きな笑顔になって言った。
 じゃあ、ハコは?
 ハコ?

 祖母は、十二色のなかから、紫の折り紙を一枚取りだして、半分に折りはじめる。わたしも、急いで青い折り紙を抜きとり、祖母の手元を見ながら、同じように折っていく。
 半分に折って、又半分にして小さな四角。
 一度ひろげて元にもどし、三角に折って、また三角に。
 その角をひらいて、小さな四角を作り、反対側も同じように。
 また元にもどして、今度は半分の半分、細い長方形に。
 そうやって筋をつけては、また、開いて元にもどしていく。

「元にもどしてばかりだね。これじゃいつまでたっても、なんにもできないよ」
「これはね、最初にきっちりと筋をつけておくのが大切なの」
 ふうん――。なんとなく腑に落ちないまま、祖母の真似をして、筋をつけては元にもどした。広げた折り紙には、縦横ななめにたくさんの線が走っているだけだった。その線を確かめた祖母は、にっこりと笑って、わたしを見た。

「それじゃあね、まず、こうやって三角に折るでしょ」
 向かい合った二つの角を、折り紙の中心に向かって三角に折る。できたのは、亀の甲羅のような六角形だ。その六角形の長い辺を、中心に向けてたたむ。熨斗袋の上下を開いたような形。今折った部分を立てながら、上と下にある三角を内側に折りこんでいく。と、一枚の折り紙は、あっけないほど簡単に、ちいさな紫の「箱」になった。
 ほんとだ。箱だ。

 わたしも、さっそく同じように折りはじめる。手順は少ないのですぐに覚えられたけれど、最後の三角を折りこむところが、むずかしい。烏賊のあたまのような三角の部分を折るときに、箱の側面とのあいだにできる余りを、うまく内側に畳みこまなければならないのだ。そこがきっちりと収まらないと、箱は歪んでしまう。祖母の作った箱の底には、四つの三角が行儀よく頭を合わせて集まっている。わたしの作った箱の底の三角のひとつには白い透き間があき、他の三角は窮屈そうに重なっている。

 ね。だから、最初に線をつけるときに、ちゃんと筋をつけておくのがこつなのよ。
 ああ、そうか――。わたしはもう一度折り紙を開いて、元にもどし、今度は、きっちりと線をつけていった。指で強くていねいにおさえこみ、丸い爪の先でぎぎっとこすって筋をつける。あまりに強くこすりすぎたためか、筋が、ところどころ白くひびわれている。広げて元にもどした青い折り紙は、反射した陽射しが模様をつくるプールの底のようだった。

 十分に線がついているのを確かめてから、まず、三角を折ってみる。たしかに、そうやってきっちり筋がついた折り紙は、力を加えなくても簡単に形ができていく。たたみこむ三角の側面も、自ら収まっていくかのように、すんなりと立ち上がった。
 青くて小さな箱がひとつ。折り皺が寄って波立っているような青い箱は、手のひらにのせると、扇風機の風に飛んでいってしまうほどに軽かった。

 「箱」だと思うと、なにかを入れてみたくなる。さて、何を入れよう。そう思ってあたりを見まわしていると、祖母が気づいて立ちあがり、茶箪笥をあけた。青や赤や黄色のセロファンに包まれたラムネ菓子を取りだして、こちらに差し出す。わたしは、それを、紫の箱と青い箱にそっと入れてみた。座卓のうえは、たちまち、駄菓子屋の店先のように華やいだ。

 折り紙の「鶴」や「船」は、形を作ってしまえば、それで終わりだけれど、「箱」は違う。自分で作ったものを、ちゃんと使うことができるのだ。わたしは、嬉しくなって、また一枚、ピンクの折り紙を取りだした。
 結局、その日のうちに、十二個の箱ができあがった。色とりどりの箱は、文机の上に並べて飾った。祖母は、ラムネを包んでいたセロファンで小さなちいさな箱を作ってみせた。その薄くて透明な箱も、折り紙の箱のなかに入れて飾った。

 わたしは、午後になると、来る日も来る日も箱を作っていた。
 折り紙だけでは飽きたらず、家のなかにあるあらゆる紙を箱に変えていった。広げた新聞紙を四角に切って作った大きな箱は、祖母に買ってもらった着せ替え人形の家にした。新聞の折り込みチラシで作った箱は、つるつると艶やかで美しかった。過ぎてしまったカレンダーの写真を使った時には、万華鏡のような不思議な色合いの箱になった。

 文机に並べた箱には、色々なものが入れられた。消しゴムや、髪留め。雑木林で拾ってきた丸い小石や、青い木の実。摘んできた昼顔は、緑色の箱のなかで萎れていった。広告の箱に入れられたカブト虫は、足を滑らせて居心地が悪そうだった。キャンディーや煎餅などのおやつは、いつも箱に入れてもらった。遊んでくたくたになった箱は、さやいんげんの筋や、鉛筆を削った滓を入れるごみ箱にした。

 箱のなかに箱が重なり、文机の上が箱であふれた頃、祖母とわたしの夏休みが終わった。
 お気に入りのいくつかの箱をていねいにたたんで、帰り支度のボストンバッグのなかに入れた。顔をあげると、祖母が笑って見ていた。いつもと変わらず穏やかに微笑んでいるのに、その笑顔はどこか淋しそうだった。
 わたしは赤い千代紙で作った一番きれいな箱を取りだし、「プレゼント」と言って差し出した。祖母は、「いいの?」と訊いてから、ありがとうと肯き、手のひらにのせた。レースのカーテンを膨らませて、乾いた風が家のなかを通り抜けていった。祖母とわたしのあいだで、赤い箱が、揺れていた。


 遠い日のできごとを思いだそうとするとき、わたしはいつも箱を思い浮かべる。ささやかな記憶のかけらが折り重なって収まっている小さな箱。胸に描く「記憶の小箱」は、あの赤い千代紙の箱によく似ている。

 赤い小箱の片隅で、今はもういない祖母と幼いわたしは、箱を折る。ゆっくりとまわる扇風機の風に吹かれながら、色とりどりの箱を折り続ける。淋しいような満ち足りたような時の中、夏の日の午後は、いつまでも、暮れることがない。


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この作品は、ポプラ社「作品市場」にて、
長い間ランキング1位に座らせていただいていた。
何がどうということもないエッセイなのに、
たくさんの方に読んでいただけたこと、たくさんの感想をいただけたこと、
感謝しています。

寄せていただいた感想の中には、
自分の子どもの頃のことを思い出したと言って、
いろいろな思い出を書いてくださった方が多かったのが印象的でした。
読まれた方の記憶の小箱のふたをそっと開けるような、
そんなエッセイを書きたいと思っていたので、
そのことも又、とても嬉しいことでした。
ほんとうにどうもありがとう。