アボガド ください
  ざらつく薄闇の中から 
  アボカド ですね、と念を押された
  ぺたりと額に

  アボガド ないんですか
  アボカド なら ありますよ
  八百屋の 兄さんは
  樹液のしみたような 変色した指で
  埃の浮く段ボールを掻き回し 
  探り当て うす笑い そっと掴む

   アボカト
   アボガト
   アボガド
   アボカド
  
  濁点は 唾液にまみれ 濡れて転がる

  きちんと固く青臭い皮に 歯を立てて
  八百屋の兄さんは アボカドでしょうという
  吐息の中で
  枝のようなゆびで ざらつく突起を撫で
  アボカドだと 思いますよ

  艶やかな 毒をふくんだ緑青色の
  熟れきらない果実ではなく
  黒光りするアボガドはないの

  果実ではなくて 野菜でしょう
  八百屋の兄さんは 釘を刺す
  ぶすっと 躰の芯に 奥深く

  それじゃあ果物屋でも売っているのは 何故
  木に実るのだから 果実でしょう
  森のばたあと 言うのだから
  八百屋の兄さんは 沈黙する

  熟れたアボガドは ないのかしら
  今夜 月が満ちるから

  ああ 満月には熟れたアボカド
  兄さんは 眉根を寄せて握りしめる

  とろりと崩れる ばたあ色の実を
  掬うように舐めあげて
  舌先で

  掠れた声で 兄さんは いう
  濁点 おまけにつけましょうか

  わたしは 焦れて粒だつ肌を
  さすりながら しゃくりあげ
  つけなくていいから 熟れたのをちょうだい

  染まったゆびが 薄闇に濡れて
  八百屋の土間に 
  滴り落ちる 青い濁点