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静かな雨の中、夜更けて家に帰ると、
手紙が届いていた。
チュウタからだ。

珍しく宛名が鉛筆で書いてある。
いや、太く掠れた文字からすると、
黒い色鉛筆だろうか。
消印には、山の絵。

今度はどこにいるんだろう。

封を切ると、
一枚のメモ用紙。
群青色の色鉛筆で、
走り書きのような、数行の手紙。


    今、尾瀬の山小屋で働いています。

    突然ですが、ひつじという女の子と
    恋に落ちました。絵をかき、
    バイオリンを弾く目のきれいな
    人です。

    伝えたいことは、ひとまずそういうことです。

    月の光が、うっとり燧の山を飾って
    います。


               2004.8.28
               尾瀬にて  ちゅうた


夏前、伊豆に行くと行って出掛けていった彼は、
今は尾瀬にいるらしい。
9月の尾瀬は、もう涼しいだろうか。
秋の尾瀬は、どんな色合いになるのだろう。
きっと月が美しいだろうな。

そう思って、カーテンを開けてみるが、外は雨。
ベランダの向うの景色は夜の闇に沈み、
はるか遠くにぽつんと白く、
灯台のあかりが灯っている。

山小屋の灯りは、もっと暖かそうな色をしているだろうか。
きっと満ち足りた蜜柑色。
きっちりと締められた窓や扉の向うには、
優しい音が満ちているのだろう。
人びとの笑い声、木の床を踏む足音、
食器の触れあう音、誰かを呼ぶ声。
やがて、どこからか聞こえてくるバイオリン。
人びとは口を噤(つぐ)み、うっとりと耳を傾け、
窓辺に立って月を見あげる。
夜の海原に浮かんだ小さなボートのような山小屋は、
月の光に包まれて、淡く優しく輝いている。
細く、ささやくようなバイオリンの、
月のように澄んだ音色が、
金色のすすきをそっと揺らす。
人びとを、安らかな眠りに誘(いざな)う。
そして彼は、静まった山小屋で手紙を書く。
彼女のバイオリンを聴きながら、
彼女の部屋にある色鉛筆で、
彼女のことを。
胸のうちをスケッチするかのように、
群青色の色鉛筆を握って。

「恋に落ちました」


ふたりの恋が秋とともに深まることを祈りながら、
ゆっくりとカーテンを引く。
と、どこからかバイオリンの音色が聞こえたような気がして、
手を止めた。
息を詰めて、耳を澄ましてみれば、
それは虫の声だった。
細く澄んだ虫の声が、弦を引くように響いている。


雨が、あがった。
 
 
 
 
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チュウタは放浪の旅人。
拙著「ミ・メディア」にも参加してもらってます。