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『こどもは風の子というけれど、みぃちゃんはカゼ(風邪)の子だね。
 今年こそ、カゼの神とおさらばしようね』
三つ年上の従兄から届いた年賀状には、大きな字で、こう書かれていた。
小学校の低学年だった私は、一文字ずつ声に出して読んでみせた。
母が、うなずきながら笑っていた。

たしかに私は「カゼの子」だった。
学校を風邪で三、四日休み、やっと治って登校すると、
又、誰かの風邪をもらってくる。
身体測定の眼科の検査でまぶたを裏返されると、
翌日にはものもらいになって目を腫らしている。
なんでもかんでも貰ってくる子だと、顔なじみの太った医者は笑っていた。

子どもが心待ちにする楽しい行事の半分も、
参加する事ができなかったのではないだろうか。
初めは、それが悲しくてぐずぐず泣いたりもした。
が、次第に、母が私の額に手を当てて「熱がある」と言っただけで、
本を片手にごそごそと布団にもぐり込む子どもになっていった。

年中熱を出して、髪を洗うのも大変だからと、短く刈った頭で寝ていると、
庭から覗いた本屋の配達のおじさんの声がした。
「坊ちゃん、又、風邪かい?」
遠足を休んだ日には、ともだちがお土産を届けてくれる。
芋掘りの時には、ころころとした寸詰まりのさつま芋に、
皆で掘っている様子を描いた絵が添えられていた。
私は、畳のへりにその絵を立て、行ったつもりになって、ふかした芋をほうばった。

その頃、家に籠もりがちな私を足繁く訪ねてくれたのが、
近くに住んでいた三つ年上の従兄、順ちゃんだった。
せっかく来てくれても、私は熱く火照る頬を氷枕をあてながら、
うつらうつらと寝ていることが多い。
そんな時、順ちゃんは私の枕元に来て、「早く良くなろうね」と静かに声をかけ、
畳をそぉっと踏みながら帰っていくのだった。
私と同じように一人っ子だった従兄も、
決して健康優良児のような体格をしていたわけではない。
どちらかと言えば、ひょろひょろと背の高い色白な男の子だった。
だが、細いからだを軽々と動かし、木枯らしに吹かれながら野原を走り回っていても、
風邪ひとつひかない丈夫な子だった。

小学校四年の夏。私は、母と従兄の家族と伊豆に出かけた。
宿の前のコンクリートの道の下には、海が静かに満ちていた。
道路から海面まではかなりの落差があり、水も深い。
海水は透き通っていて、銀色の小さなさかなの群れや
海底の細かな砂さえはっきりと見える。
中学生になった従兄は、一段と背も伸び、筋肉がついて逞しくなっていた。
海水パンツ一枚の順ちゃんは、黄色い水中眼鏡を顔にぴったりと付けると、
海に向かって道路を蹴った。
水飛沫をあげて一度深く沈み、白い泡とともに浮かび上がって来ると、
道端でこわごわ覗き込んでいる私を見上げて、笑顔で大きく手招きをした。
浮き輪なしでは泳げなかった私は、
足の届かない深い海に飛び込む事など、とても出来ない。
私はしゃがみ込んで、さかな達に混ざって泳ぐ順ちゃんを、ずっと見ていた。
泳ぎたい、と心の底から初めて思った。

翌日から、海水浴場の浅瀬で泳ぎの練習を始めた。
浮き輪を外し、順ちゃんの手のひらを頼りにバシャバシャと水を蹴る。
二日目にはその手をほんの少し離してみた。
三日目。数メートル先に立った順ちゃんが、大きく手を振る。
私は思い切り空気を吸いこんでから息をとめ、勢いよく海底を蹴り、夢中で手足を掻いた。
水中に射し込んだ太陽の光の中に、順ちゃんの伸ばした手がゆらゆらと見える。
その手をつかみ、ぐいと引き寄せる。
息を吐き出しながら立ち上がった私に、順ちゃんが笑顔で言った。「ゴール!」
細くて青白かった私が、少しだけ陽に灼けて、元気な夏の子どもの仲間入りをした。

あの夏の日、小さな自信を貰った私は、
土の匂いのする校庭で日が暮れるまで走り回るようになっていた。
中学ではクラブ活動に夢中になり、
気がつけば棒のようだった手足もしっかりと太くなった三年の春、
わたしはバレー部の副主将になった。
そして、その年の暮れ。
順ちゃんが死んだ。
スキー場の谷間に倒れている女性を見つけた従兄は、
「助けに行こう」と迷うことなく斜面を滑りおりていった。
彼は、倒れている人を放ってはおけなかったのだろう。
幼い私の手を、優しく強く引いてくれたときと同じように。
しかし、谷間には、無色透明の有毒ガスが澱んでいたのだ。
工事のために地中深く掘った穴から噴きだしたガスだった。
順ちゃんは、谷底に降りたとたん崩れおちるように倒れ、そのまま、逝ってしまった。
やっと風邪の神とおさらばしたのに、自分が神様の所へ行ってどうするんだ。
彼の遺影の前で、わたしは、泣きながら怒っていた。