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昼日中(ひるひなか)
住宅街を歩いていたら、後ろから宅配トラックがやってきた。
狭い道を、いっぱいにして。
やり過ごすために、仕方なく道ばたに寄る。
ブロック塀にぴたりと張りつく。
と、触れた手のひらが暖かかった。
手袋を忘れてきた手に、ブロック塀がほんのりと暖かく、柔らかかった。
思わず、しげしげと塀を眺めた。
どこにでもあるような、何の変哲もないブロック塀だ。
柔らかいわけがない。
だが、そのざらざらとした灰色の面(おもて)は、
浅い春の日射しを吸い込んでいて、
そのぬくもりが、ふんわりと柔らかく感じさせたのだ。
駄菓子屋に並ぶ雷おこしのようなその感触に、
ふかふかとした柔らかさを思ったのだ。

そういえば、ずっと、ブロック塀などに触れたことがなかった。
連なる家々の生け垣や、庭木に目をやることはあっても、
まだ固い椿の蕾に、思わず手を伸ばしてみたりはしても。
雨風にさらされた板塀や、しみの浮き出たブロック塀を、
わざわざ触ってみたりはしない。
子どもの頃。
塀は、触るものだった。
遊ぶ道具だった。
よじ登ったり、ぶらさがったりするものだった。
道ばたの花を摘んでは、ブロックの穴に差し込んでみたり、
拾った小石を並べてみたり。
ひとりでほとほと歩く学校からの帰り道、
背中にランドセル、左手にたて笛を握り、
右の手のひらで、ぱたぱたと塀を叩いていた。
繋ぐ手のない空っぽの右手で、ざらざらとしたブロック塀を触っていた。

宅配トラックが走り去ったあと、
ひとけのない路地を歩きながら、時々塀に触れてみた。
新築2階屋の茶色い塀は、つるつると固く冷たかった。
要塞のように大きな家のコンクリの塀は、ぎざぎざと指を突き刺した。
どこにでもあるような家の、何の変哲もないブロック塀は、暖かい。
長い年月のあいだ、その家の人々を守ってきたブロック塀は、
角がすり減り、目も粗く、
何かの家紋にも似た空洞には、「はこべ」の花が咲いていた。

角をまがると、赤いランドセルが揺れていた。
紺色のプリーツスカートをはいた女の子が、
少し俯きながら歩いていた。
左手には、どこで摘んだのか、小さな星のような沈丁花。
空っぽの右手が、ぽんぽんとブロック塀を叩いていく。
ほとほとと浅い春の中をいく。


追い越して振り向いてみたら、
あの子は、アタシかもしれない。