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七夕の今日になっても、それは来なかった。
毎年、届けられる一通の葉書。
[石枕(いそまくら)の日を 楽しみにしています]
差出人はない。だが、僕には分かっている。
小夜子だ。

教授の娘ミサを紹介されたとき、僕は小夜子を棄てた。
小夜子は、静かに僕の前から姿を消した。
七夕の夕暮れ、真っ青な短冊を1枚残して。
どこか古風な小夜子らしく、潔く身を引いたのだ。そう思っていた。
だが、その翌年、梅雨入りの日に、あの葉書が届いたのだ。
「石枕」とは、織り姫と彦星の逢瀬のことを指す言葉だと知ったとき、僕は震えた。
小夜子は、一年に一度、そしてこの先ずっと僕につきまとうつもりなのだ。
意気地のない僕は、ミサを連れて旅に出た。
それから毎年葉書は届けられ、僕は7月の旅行を決行し続けた。
だが、今年はそれができない。
ミサは身重の体なのだ。

梅雨の間、僕は、落ち着かない気持ちでポストを覗き続けた。
だが、なぜか葉書は来なかった。
仕事から戻った今も、ポストの中には夕刊が入っているだけだった。
いい加減諦めたのだろう。
もしかしたら、いい男と出会って結婚したのかもしれない。
僕は、安堵した。

家に入ると、ミサがいきなり「西瓜が食べたい」と叫んだ。
「丸ごと一個」
元々自分勝手なお嬢さんだったが、妊娠してから一層わがままがひどくなった。
だが錘(おもり)を外した僕は、渋ることなく服を着替え、
スニーカーを突っかけて買い物に出た。

スーパーにはカットされた西瓜しかなかった。
仕方なく駅の向こうにある果物屋まで足を伸ばした。
ビニールの網に入った西瓜をぶらさげながら、赤く染まった夕空をみあげ口笛を吹く。
見慣れない景色を楽しみながら道を折れると、ピンクのボールが転がってきた。
路地の真ん中に、おかっぱの女の子がふたり。
驚くほどよく似ている双子の少女だった。
ボールを拾い上げ、差し出すが、双子は突っ立ったまま手を出そうとしない。
白い頬を夕焼けに染め、じっと僕をみつめるばかりだった。
小さな背中には赤いランドセルを背負っている。
1年生だろうか。ランドセルには傷ひとつない。

「君達のボールだろ?」
そう問いかけると、双子は同時に道端の家を指さした。
古いアパートだった。
訳が分からず、双子を振り返り、もう一度アパートを見た。
安っぽい合板のドア。
字の消えかけた小さな表札。
どこかで見たことがあるような……。
そう思った途端、僕は提げていた西瓜を道に落とした。
それは、紛れもなく小夜子が住んでいたアパートだった。
しかし、そんなはずはない。
あのアパートは、とうに取り壊されたのだ。

足元に転がった西瓜がぱくりと赤い口をあけている。
双子は、西瓜などに目もくれず、黒い瞳で僕を見ている。
そういえば、あれから7年が経つ。
この双子は、もしかして……。

かちりと密やかな音がして、さびの浮いたドアノブがまわる。
思わず足を退くと、割れた西瓜がぐしゃりとつぶれた。
白いスニーカーが、みるみると真っ赤に染まっていく。
低く軋みながら、ドアがゆっくりと開きはじめた。




+800字テーマ:「7年後」「古いアパート」「おかっぱの女の子」

タブロイド版ゴザンスに載せて頂いていた「オトナの童話」シリーズの中の1編、
「いそまくら」(短編集「溺レルアナタ」に「オリヒメ」と改題して収録)の、
「7年後」を書いてみました。
(でも考えたら、元の話しを入れなければ訳が分からないのでは)
800字としては「字数オーバー」なんてものじゃないですが、
「溺レルアナタ」を買ってくださった皆様への「お礼」代わり(?)に、
ということで。
「おまけ」としてお楽しみ頂ければ幸いです。