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年明けから、なんだかやたらに
「家族」という言葉が目につく。
読売新聞の世論調査 によると、
家族のきずなやまとまりが「弱くなってきている」
と思う人は84%に達したそうだ。
それでいて、「今大切なのものは何か」という問いの
答えのトップは「家族」で90%
「家族は頼りになるか」には、94%が「頼りになる」
仕事と家庭のどちらを優先的に考えるかでは、
「家庭」が75%「仕事」19%
同じ質問をした81年と比べて、
「家庭」は13ポイント増加しているとか。

この世論を反映してのことなのか、
読売新聞では3日から「家族」という特集記事を
一面で連載している。
1回目の記事には、
1945年から60年間、1年に1度家族写真を撮ってきた
ある家族の写真が並んでいる。
だが、これは「家族って素晴らしい」という記事ではない。
それを象徴しているのは、
やはり毎年家族写真を撮っているという横尾忠則氏の言葉だ。
『家族が家族であり続けるために必要な創造的な行為』
どうやら今は、
ひとつ屋根の下に暮らしていれば、
自然に家族としての絆が生まれる、
というものではないらしい。

住宅メーカーも、家族が集まるリビングを広くしたり、
自動車メーカーも、乗車中に家族が行き来できるように
シート間を広くしたり、と、
今産業界が注目しているのは「家族する家族」なんだとか。

そういえば、昨夜放送された
向田邦子の「冬の運動会」も疑似家族の話しだし、
去年リメイクされた「阿修羅のごとく」も家族の物語だ。
向田邦子の書く「家族の物語」が、
今の時代に求められているのはなぜなのか。


ところで、「ほぼ日」にある
「家族の肖像」
これは、谷川俊太郎さんと谷川賢作さんの朗読と音楽のコラボ
「家族の肖像」にちなんでの対談なのだけれど、
これが面白い。
この対談で募集された「家族の肖像写真」も
ここで見られるのだけれど、これがまた良いのだ。
というか、見たとたん「あ、まずい」と思ってしまう。
う、と胸がつまって泣きそうになる。
まったく知らない人々のなんということもない
日常の一場面ばかりなのに。

『家族の肖像』に胸がつまるのは何故なんだろう。

家族って、いったい何なんだろう。


谷川俊太郎+谷川賢作「家族の肖像」
http://www.ambient-silent.com/family_portrait/

「ほぼ日・家族の肖像」
http://www.1101.com/family_portrait/2004-04-26.html