二の腕の内側をえぐってしまった。
自分の爪で。
指がすっと当たっただけで。
二枚爪が割れて、薄い刃物のようになっていたのだ。
もう四日も経つというのに、
傷は、柔らかな腕の内側に、
赤い三日月のように残っている。

これはまずいと、爪を切る。
ぱちんぱちんと爪を切る。
ほんとは、切る必要もないほどに、
あたしの爪は軟弱だ。

少し伸びれば、すぐ折れる。
薄皮をはぐように、二枚に割れる。
湯上がりには、くにゃりと柔らかく、
タオルに絡まって、簡単に裂ける。

カルシウムを採れと、
子どもの頃から言われてきたけど、
どうやらそれはチガウらしい。
歯や骨のように、カルシウムじゃないらしい。
髪や肌のように、ケラチンという
タンパク質で出来ているという。

あんなに食べたちりめんじゃこも、
腹をむしって噛んだ煮干しも、
意味のないことだったのか。
芥子粒みたいな、丸い目玉を、
キウイの種みたいな、黒い目玉を、
ぷちぷち噛んで、
小魚ばかり食べたのに。

先の欠けた爪を切る。
爪切りで切るからいけない、と言われるが、
あのヤスリの音には耐えられない。
きしきしと研ぐあの音に、肌が粟立ってしまうから。
ほら。
考えただけで、背筋が寒い。

ぱちんぱちんと爪を切る。
爪を切っても、痛くないのは何故だろう。
腕の内側をえぐった時は、
真っ赤な血がぷぅと膨らんで、
じくじくと沁みるように痛かった。
爪を切っても、血が出ないのは何故なんだろう。

爪を剥がせば痛いのは、
その下の肉に貼りついてるから
それじゃあ、爪が伸びるとき、
肉が伸びないのはなぜだろう。

切っても血も出ず痛みもないのは、
からだの中で、髪と爪だけ。
切っても、切っても、生えてくる。
折れても、裂けても伸びてくる。
まるで、とかげの尻尾みたいに。

ずっと昔、伸びない爪が悔しくて、
つけ爪をつけてたことがある。
今みたいに上質の接着剤もなく、
両面テープで貼るだけの、
オモチャみたいなつけ爪だった。
長い爪が嬉しくて、真っ赤なマニキュアを塗ってから、
良い気分でオトコと寝たら、
朝になったら爪がなかった。
驚いて布団を捲ってみると、
白いシーツに、ぽろんと、爪が。
真っ赤な爪が、ひとつ、ふたつ。
小さな薔薇の花びらみたいに。
それはそれで、ちょっとシュールで美しかったが、
つけ爪の落ちたあたしの指は、
いじけた子どもみたいで哀しかった。

爪を切る。
ぱちんぱちんと、妙に軽い音を響かせて、
薄くて弱い爪を切る。

爪を切っても痛くないのは、なぜだろう。


柔らかな腕の内側の
赤い三日月

虫の声が沁みて うずく





二の腕の内側をえぐってしまった。
自分の爪で。
指がすっと当たっただけで。
二枚爪が割れて、薄い刃物のようになっていたのだ。
もう四日も経つというのに、
傷は、柔らかな腕の内側に、
赤い三日月のように残っている。

これはまずいと、爪を切る。
ぱちんぱちんと爪を切る。
ほんとは、切る必要もないほどに、
あたしの爪は軟弱だ。

少し伸びれば、すぐ折れる。
薄皮をはぐように、二枚に割れる。
湯上がりには、くにゃりと柔らかく、
タオルに絡まって、簡単に裂ける。

カルシウムを採れと、
子どもの頃から言われてきたけど、
どうやらそれはチガウらしい。
歯や骨のように、カルシウムじゃないらしい。
髪や肌のように、ケラチンという
タンパク質で出来ているという。

あんなに食べたちりめんじゃこも、
腹をむしって噛んだ煮干しも、
意味のないことだったのか。
芥子粒みたいな、丸い目玉を、
キウイの種みたいな、黒い目玉を、
ぷちぷち噛んで、
小魚ばかり食べたのに。

先の欠けた爪を切る。
爪切りで切るからいけない、と言われるが、
あのヤスリの音には耐えられない。
きしきしと研ぐあの音に、肌が粟立ってしまうから。
ほら。
考えただけで、背筋が寒い。

ぱちんぱちんと爪を切る。
爪を切っても、痛くないのは何故だろう。
腕の内側をえぐった時は、
真っ赤な血がぷぅと膨らんで、
じくじくと沁みるように痛かった。
爪を切っても、血が出ないのは何故なんだろう。

爪を剥がせば痛いのは、
その下の肉に貼りついてるから
それじゃあ、爪が伸びるとき、
肉が伸びないのはなぜだろう。

切っても血も出ず痛みもないのは、
からだの中で、髪と爪だけ。
切っても、切っても、生えてくる。
折れても、裂けても伸びてくる。
まるで、とかげの尻尾みたいに。

ずっと昔、伸びない爪が悔しくて、
つけ爪をつけてたことがある。
今みたいに上質の接着剤もなく、
両面テープで貼るだけの、
オモチャみたいなつけ爪だった。
長い爪が嬉しくて、真っ赤なマニキュアを塗ってから、
良い気分でオトコと寝たら、
朝になったら爪がなかった。
驚いて布団を捲ってみると、
白いシーツに、ぽろんと、爪が。
真っ赤な爪が、ひとつ、ふたつ。
小さな薔薇の花びらみたいに。
それはそれで、ちょっとシュールで美しかったが、
つけ爪の落ちたあたしの指は、
いじけた子どもみたいで哀しかった。

爪を切る。
ぱちんぱちんと、妙に軽い音を響かせて、
薄くて弱い爪を切る。

爪を切っても痛くないのは、なぜだろう。


柔らかな腕の内側の
赤い三日月

虫の声が沁みて うずく